クリエイティブに憧れて

クリエイティブになりたいけどなれない。だけどなりたい人のブログ。

平成最後の夏に「人生の夏休み」を振り返る

今週のお題「#平成最後の夏」

何かにつけて「平成最後の〇〇」という枕詞がつく今日この頃。

「平成最後の花火大会」「平成最後の海開き」そして「平成最後の夏休み」。

過ぎ去っていく時間の一片にすぎなかった夏が、今年は特別な輝きをもって、世間を賑わしているようにも見える。

 

ところで、僕は今年の夏に対して「平成最後の〜」という実感を持たないまま過ごしてきた。

来る日も来る日も同じことを繰り返して、特別何かをするわけでもなく、クーラーの冷気を浴び、CRAFT BOSSとオロナミンCばかり飲み続けて、異常な暑さをやり過ごした。

そうやって毎日を過ごす中で、1つだけ気がついたことがある。

 

もう8月終わるじゃん

 

平成最後の夏、終わるじゃん

 

ということで、さすがにこのままではマズいと思った。

そこで、せめてもの爪あとを残すために、僕が今まで過ごしてきた夏をまとめてみようと思う。

さっそく、タイム・マシーンに乗って、幼少期時代から見てみることにしよう!

 

0歳~5歳

記憶にありません。(幼すぎたのだ)

 

6歳~12歳

 ちょうど「小学生」だったくらいの時期ですかね?

この頃の夏といえば、とにかく楽しかった夏休み、という記憶しかない。

 

1日のスタートは、児童公園で行われるラジオ体操だった。

毎日通ったら、仮面ライダーの文房具などが貰えたりしたので、僕は熱心に通いつめていた。

体操が終わったら1度家に帰り、「夏休み子ども劇場」を観る。スラムダンクとか熱かったなぁ、、、

その後、だいたい昼前くらいに学校のプールに行き、水泳をする。小学生の頃は決まった日数で学校のプールに行くことになっていた。1回参加するごとに、スタンプを1個貰える。こちらも熱心に集めていた。

その後は、友だちの家に遊びに行ったり、逆に自分の家に遊びに来たり。外は暑いから、大抵の場合は室内でアイスクリンをかじりながら、テレビゲームをすることが多かった。「実況パワフルプロ野球」「大乱闘スマッシュブラザーズ」「ポケモンコロシアム」「マリオカート」など、はやっていたゲームを挙げるとキリがない。

 

お盆になると、従兄弟が祖父の実家に遊びにきたので、一緒に遊んだりもした。

その他、家族旅行に行くのもいつもこの時期だった。

だから、8月の中旬になると、「遠出ができる!」ということで、いつもワクワクしていた。

 

家族旅行の時はいつも、父親が運転する車に家族全員で乗り込んだ。

車のBGMはいつも、サザンオールスターズ

今でも、サザンの音楽を聴くと、このときの記憶がよみがえる。

「楽しいことが待っている!」という期待感。車内に広がるエアコンの匂い。そして自分が子どもだった頃の、両親の姿。

弾けるような夏の日の象徴だったサザンオールスターズ。いつしかそれは、懐かしさと寂しさの象徴に変わっていた。


サザンオールスターズ - 彩~Aja~

 

12~15歳

中学に上がり部活に入ってからは、夏休みは毎日部活漬けだった。

僕はバレーボール部に入り、日中はひたすらボールを追いかけた。

バレーボールは、いかにボールをコートに落とさないかを競うスポーツだ。体育館の床に身体を擦り付けながら、なんとかボールの下に潜り込む。

窓から漏れる日差しと体育館にこもった熱気のせいで、コートの床面はアスファルトのような熱を保っている。ラインすれすれに落下しそうなボールを追って、胸、腹の順番で身体を滑らせると、T-シャツに付着した汗がコート上にへばりつく。しかし次の瞬間には、散らばった汗は蒸発してほとんどなくなっている。バレーボールシューズで残った水気を薄く伸ばすと、掛け声とともに次のプレーに向かった。

10代の肉体は日々、進化していった。1プレーごとの身のこなしが、どんどん軽やかになっていく。演奏者のようにリズミカルに運動する身体。昨日より今日、今日よりも明日と、できることが増えていった。コート内を駆ける瞬間、自分が世界中で一番なのだ、と信じて疑わなかった。

 

練習が終わったあとは決まって、校門前にある自販機でキリンレモンを買って飲んだ。売り切れの日は復刻堂のフルーツオレ。

この2つの味は、今でもなかなか忘れられない。最近だと、すこし背伸びをしたオシャレなバーで、いくつもの色を反射しているカルテルなんかを飲んだりもする。大人になると、これが美味くなるんだよな、とマスターは言った。だけど僕にとっては、すこし日が沈みかけた帰り道に飲むキリンレモンが今でも一番だ。いつまでたっても、僕は大人になれないのだろう。

 

それともう1つ。印象的なものとして残っているのは「風の匂い」だ。

平日だと、部活が終わって家に帰るのは19時過ぎになる。住宅街を抜ける通学路では、夕食の匂いやシーブリーズの匂い、校舎の隣にある雑木林から発せられる葉っぱの匂いがブレンドされて、鼻腔を刺激してくる。

周りの空気は少しひんやりしていて心地よい。いつまでも、夜風に身を任せていたい気持ちになる。「今日、クラスの気になる女の子と話せたんだ」そんなことばかり考えている帰り道。期待と高揚、そしてセンチメンタルが入り混じったこの時代の感情は、夏の終わりの空気感、夜風に乗ってやってくる匂いとともに、時たま思い出される。


フジファブリック 若者のすべて

 

15~18歳

 大人になるって、なんだろう。

いったい自分は何のために生きているんだろう。

高校の頃は、このようなことばかり考えていた気がする。

布団に寝転がりながら、少し黄ばんだ天井を眺める。

何もない部屋にいる、何もない自分。最強だと思っていた自分が、実は何者になれないちっぽけな存在であるということに向き合わされた。

 

無意識のうちに進んでいった時間は突然、均等性を失ったように宙ぶらりんになった。毎日無我夢中に生きて、一瞬のうちに過ぎ去っていった時間が、過ぎ去らなくなった。やるべきこと、やりたいことが何も見つからなかった。

「オレは毎日何をしていたんだっけ」そんなことを考えて、入れたくもない予定を入れたりして、とにかく外に出る。時間の空白を埋める感覚。ずっと家の中にいると、気が狂ってしまいそうだった。

 

やりたいことが見つからない割に、野心だけは一人前だった。

とにかく、何者かになりたい。

他人が持たない何かを手に入れたい。

願望と現実とのギャップが摩擦を起こし、すり傷だらけの日々の中で毎日を生きていた。

焦る気持ちばかりが先に進んで、実際には何も手につけることができなかった。

高校時代の夏は、葛藤を抱きながら、自分を縛るくさびを振り払うかのように全力でママチャリを漕ぐシーンしか思い浮かばない。


22才の夏休み  PV 神聖かまってちゃん

 

18歳~

すみません、高校の頃の話だけ、夏休みではなかったですね。

高校の頃は、自分自身の内面世界に必死で、夏を楽しむ余裕などなかったのです。

切り替えて、18歳~の夏休み。

 

大学時代の夏は、固有名詞の付けられる毎日しか過ごしていなかった。

アルバイト。夏祭り。花火。キャンプ。サークルの合宿。旅行。デート。

適当に、ヘラヘラしながらそれらのイベントを消化していった。

後に何が残ったのか、と言われれば、何も残らなかったとしか言いようがない。

だけど、人生の中でそんな時間も必要なんじゃないかなぁ、と思うわけです。

 

今振り返ってみても、割と充実した日々を過ごしていたのではないか、と思う。

だけど、この時代に選定すべきテーマソングが、見つからない。

見ていた景色、感動した出来事が、思い出せない。

どういう気持ちで生活していたのか、まったく思い浮かばない。

直近の出来事だから、という事情もあるだろう。

現に僕は、大学を卒業してまだ1年しか経っていない。

だけど、もしそれ以外の理由が原因だとしたら。

僕はこれから、何の色もつかないような人生を過ごしていくしかないのだろうか。

そう思うと、どうにもやり切れない気持ちになるのだ。

 

そう思いながら、今年の夏は毎日同じオフィスに通い、すでにルーティーンと化した業務をこなしてきた。

仕事にも慣れてきたが、やはり気が張っているのか、毎日の疲れはなかなか抜けてくれない。

ある日の帰り道。

時刻は夜の19時を少し過ぎたくらい。最寄駅の改札を抜けて、出口から覗く夜空をぼんやりとした気持ちで眺めていた。

夕焼けと夜の中間くらいの空は、明るいような暗いような、名前のつけられない色をしていた。出口付近で歩を緩めた僕の後ろを、何人かのサラリーマンが息もせずに通り過ぎていく。重い足を引きずりながら階段を登りきると、やがて天井が抜け、視界が一気に開けた。

その瞬間だった。

目の前に広がるのは、オレンジとピンクと紫をグラデーションしたような、見たこともない夜空だった。

眩しくて、思わず目を閉じた。恐る恐る瞼を上げると、やはり同じ景色が確かに存在していた。

 

目を閉じても忘れられない景色に出会ったのは、ずいぶん久しぶりだった気がする。

「今の生活も捨てたもんじゃないな」

不思議とそう思えた。理由は分からない。だけど、実感をもってそう思えたのも、夢中に過ごしていた子供の頃以来だった。

根拠はないが、これからもっと、面白くなりそうだ。

そう思えたのは他でもない、平成最後の夏だった。